名古屋地方裁判所 昭和53年(ワ)2235号 判決 1986年9月29日
原告
美濃窯業株式会社
右代表者代表取締役
太田善造
右訴訟代理人弁護士
安藤久夫
加藤坂夫
被告
南波英明
被告
株式会社木村商会
右代表者代表取締役
木村又次郎
被告
木村又次郎
右被告三名訴訟代理人弁護士
西尾幸彦
右訴訟復代理人弁護士
福岡正充
主文
原告の請求をいずれも棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一 当事者の求める裁判
一 原告
1 被告らは各自、原告に対し、金一五〇〇万円とこれに対する昭和五〇年九月九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告らの負担とする。
3 仮執行宣言
二 被告ら
主文同旨
第二 当事者の主張
一 請求の原因
1 当事者
(一) 原告は各種耐火煉瓦等の製造販売及び日本国内外において各種窯業プラント並びに工業窯炉の設計、築炉等を業とする会社である。
(二) 被告南波英明(以下、「被告南波」という。)は、昭和二二年四月一〇日、原告と雇用契約を締結してその従業員となり、昭和三五年四月一日以降、原告のプラント部に在籍し、昭和四三年二月一日以降、同部築炉係長、昭和四四年一二月一日以降、同部課長代理、昭和四七年四月二日以降、同部課長の職にあつたが、昭和五〇年三月三一日、原告に対し、退職届を提出し、その後、出勤しなくなつた。原告は、昭和五一年一一月九日、同人を懲戒解雇した。
(三) 被告木村又次郎(以下、「被告木村」という。)は、被告南波の友人であり、被告株式会社木村商会(以下、「被告会社」という。)は被告木村が実質的に個人経営している陶磁器製品等の輸出を業とする会社である。
2 被告らの債務不履行
(一) 被告南波の義務
同被告に雇用された従業員として、次のとおりの義務を負担していた。
(1) 同被告は原告に雇用された従業員であり、雇用契約に基づく付随的義務として、原告と雇用契約存続中は、原告の営む事業につき競業避止義務があり、また職務上の地位を利用する等して自己若しくは第三者の利益を図つたり、原告の営業利益を不当に侵害してはならない義務、いわゆる誠実義務があつた。
(2) また、就業規則第一二条により、
(イ) 原告の承認を得ないで原告以外の業務に従事し、又は関与してはならない、
(ロ) 原告の不利益になる事項を漏洩してはならない、
(ハ) 職務を利用し、私利を謀つてはならない、
との義務があつた。
(3) 業務上海外に派遣される場合には、「海外派遣者一般心得」により、
(イ) 業務上の資料、図面等の保管を確実にして客先にも提出せず、これらが漏洩しないように注意すること、
(ロ) 渡航先において、客先その他の関係者から契約以外の事項について依頼を受けた場合(例えば設計、技術指導の提供その他業務に関する一切の事項)原告の承認なくしてこれを引受けてはならないこと、
が義務づけられていた。
(二) 原告の業務
(1) 原告は、各種窯業プラント及びトンネルキルンの設計、並びに技術指導を営業目的の一つとして営んでいるが、特に、窯業用連続焼成炉については、特許登録五二九一〇四号により特許権を有し、また、同焼成炉に設置する台車の形については、意匠登録第三三一五三一号による意匠権及び同意匠の類似意匠登録第一号による類似意匠権を有し、右各権利の実施として右焼成炉の設計、建設をしていた。
(2) 原告は右特許権の実施として、右特許内容をそのまま実施した「特許キルン」と右内容を若干改造した「特許応用キルン」とを設計、建設しており、原告は右両者を総称して商品名を「エンドレスキルン」と称し、日本国内外における宣伝上も、また、会社内における社員教育上も、エンドレスキルン全部が右特許の実施品である旨主張し、指導して、その設計、建設を営業上の最重要施策としてきたものである。
(3) 原告は、前記のとおり、各種窯業プラント及びエンドレスキルンを含むトンネルキルンの設計、建設をなしているが、その建設に際しては建設に要する機械、器具等の建設機材を購入して施主に販売することも大きな業務であり、収益面においては、設計、建設並びに技術指導による収益よりも、建設機材の販売による収益の方がはるかに大きいのである。
(三) 被告南波の職務
(1) 同被告は、昭和三五年四月一日以降、原告のプラント部に在籍し、同被告の担当職務は、エンドレスキルンを含むトンネルキルン及びそれに関連するプラントの設計、建設及びその技術指導並びに同事項を部下に指導することであり、右職務のため日本国内のみならず台湾その他海外にも派遣されて右業務に従事していた。
(2) 原告が設計及び建設につき契約を締結したトンネルキルンについて、同被告は右(1)記載の職務の他にそれに要する建設機材の購入並びにこれを施主に対して販売する職務も担当していた。
(四) 被告南波の義務違反行為
(1) 同被告は、前記(一)記載の各義務があるのに、これに違反して、昭和四四年頃、業務上知り合つた台湾人林国華に対し、原告の承認を得ないで、同人がエンドレスキルンを建設できるよう同キルン建設のための設計図の提供、建設技術の指導をなし、その後、建設機材の輸出等による指導協力をなし、もつて原告が台湾等においてエンドレスキルン建設の受注ができなくなるような不利益となる競業行為をなした。更に、台湾、インドネシアに赴き林国華が建設する同キルンの建設指導をなし、また被告会社を経由して同キルン建設機材を輸出する等して原告の承認を得ないで右の如き業務に従事又は関与したものであり、被告南波は右の如き職務を利用した義務違反行為により、被告会社から相当多額の報酬を受けたり、また郡益窯業社のキルン施工に際しては、被告南波自ら被告会社の名前を利用して建設機材の輸出をなして売買差益を享受して私利を得ていた。
(2) 右(1)で指摘する被告南波の具体的義務違反行為と、その義務違反事由(前記(一)被告南波の義務(1)ないし(3)の各事由を指す。)は別紙違法行為一覧表記載のとおりである。
なお、右一覧表番号12、13に指摘する行為は、形式的には同被告が原告に対し退職届を提出した後になした行為であるが、同被告は原告従業員として在職中から右取引商談を進めたうえで、退職直後にこれを実行したものであり、その他の行為と同様に義務違反行為に該当するものである。
(五) 被告木村及び被告会社の帰責事由
同被告らは、被告南波と共謀して、被告南波が原告に無断で密かに前記のとおり原告の業務以外の業務に従事し、原告に不利益となる事項を漏洩し、それにより原告の業務と競業したりして、前記義務に違反していることを知りながら前記のとおり建設機材を輸出したものである。
右の如き場合においては、被告木村及び被告会社は、原告との間で直接の契約関係がないけれども、右被告らについて共同不法行為に関する民法第七一九条の規定を類推適用し、右被告らも被告南波と同じく共同債務不履行による損害賠償責任を負担すべきである。
3 被告らの不法行為
(一) 原告は、前記のとおりエンドレスキルンのすべてが原告の有する特許権の範囲に属するものと考え、その旨日本国内外において、顧客に対し、宣伝し、建設してきたものであり、第三者もこれを承認しており、また、国外においては、本件事件発生以前に他社によりエンドレスキルンが建設された前例もない。
また、同キルンを建設するためには詳細な設計図と技術指導がなければ建設することは事実上不可能であり、国外においては原告の特許権は効力を有しないものの、同キルンの建設業務は原告にとつて違法な手段方法による侵害から法的に保護されるべき重要な営業活動である。原告は、これを法的保護の対象となる営業権という。
(二) 原告は、昭和三五年頃から台湾においてトンネルキルン建設業者としての宣伝を始め、その後、インドネシア、スリランカ、フィリピン、ニュージーランド、韓国等東南アジア地域を主として、その他の海外地域においても右事業を拡大していつた。
具体的には、台湾においては昭和三九年に大裕窯業股有限公司(後に三環窯業股有限公司と改称した。当時の責任者は林国華である。以下、「股有限公司」を「社」と略称する。)に通常のトンネルキルンを、昭和四三年には、大同磁器社に、昭和四四年には統一窯業社と金義合窯業社にそれぞれエンドレスキルンを各建設する実績を得るに至り、特に、昭和四四年頃、台湾における原告製エンドレスキルンの評価が高まり、その後多数の同キルンの建設予定と原告に対するその受注が見込まれる状態にあつた。
(三) しかるに、被告南波は、原告にとつて同キルンの建設が重要な事業であり、原告の従業員としてその営業権に属することを知りながら、前記のとおり林国華に対し、同キルン建設のための設計図の提供、建設技術の指導等をなし、また、建設機材を輸出して、同人が同キルンを建設することに協力し、またときには海外の建設現場に赴いて建設指導をなす等して原告の同キルン建設に関する営業権を故意に侵害し、もつて、原告が台湾、インドネシア等において同キルン建設の受注をできなくしたものである。
(四) 被告らの別紙違法行為一覧表記載の各行為が原告の営業活動を侵害したことは前記のとおりであるが、右各行為は、つぎのとおり信義則に違反し違法である。
すなわち、被告南波は、原告の従業員として、原告のために職務を遂行すべき義務があるのに、自己の利益を得る目的をもつて原告の営む事業と競業する行為をなし、原告の営業活動を侵害したことは原告に対する背任であり、信義則に違反し違法である。
(五) 被告木村及び被告会社は、被告南波と共謀して、エンドレスキルン建設に要する機材を輸出することにより、同被告が台湾、インドネシア等において原告以外の者の同キルンの建設に協力することが原告の営業権を侵害することになることを知りながら、若しくは、過失により知らずしてこれを輸出し、もつて同地域における同キルンに関する原告の営業権を違法に侵害したものである。
4 損害
被告らの前記債務不履行ないし不法行為により、原告は、次のとおり、得べかりし利益を失い損害を被つたが、その損害合計額は金二五五〇万円である。
(一) 別紙違法行為一覧表の番号1ないし4、6ないし8、10、12記載の被告らの行為により、台湾において、合計一一基のエンドレスキルンが築炉されているが、被告らの右行為がなければ、同キルンは原告に発注され、少なくとも、そのうち六基は成約に至つたはずである。また、原告は、昭和三九年頃から、台湾において、同キルン築炉の実績を有しており、昭和四四年頃の実績を基準にすると、成約に至れば、一基あたり金二五〇万円以上の利益を得ることができたはずである。
したがつて、被告らの右行為により、原告は、合計金一五〇〇万円の損害を被つた。
(250万円×6基=1500万円)
(二) 別紙違法行為一覧表の番号5、9記載の被告らの行為により、インドネシアにおいて合計五基のエンドレスキルン等が築炉されているが、被告らの行為がなければ同キルン等は原告に発注され、少なくとも、そのうち三基は成約できたはずである。インドネシアにおいて同キルン等を築炉する場合においては、現地で調達できる資料が少なく、したがつて、関連資材、機械の輸出が増加するため契約金額が高額となるので、一基当たりの利益額は、少なくとも金三五〇万円以上となつたはずである。
したがつて、被告らの右行為により、原告は、合計金一〇五〇万円の損害を被つた。
(350万円×3基=1050万円)
5 よつて、原告は、被告らに対し、債務不履行又は不法行為による損害賠償請求権に基づき、前記損害のうち金一五〇〇万円とこれに対する昭和五〇年九月九日から支払済みまで年五分の割合による金員の支払いを求める。
二 請求原因に対する被告らの認否
1 請求原因1の(一)ないし(三)は認める(ただし、被告木村及び被告会社は、同(二)については、被告南波が原告の社員であつたことは認め、その余は不知。)。なお、被告木村と被告南波の「友人」関係というのは、被告両名の共通の友人である訴外小島享を介してのものであり、その程度は稀薄である。
2 同2の(一)はすべて否認する(ただし、同2の(一)の(2)の就業規則の内容は不知。)。なお、海外派遣者一般心得は少なくとも、昭和四六年一二月六日当時、存在していなかつたものである。
3 同2の(二)の(1)を認め、同(2)は、原告が社員教育上もエンドレスキルン全部が特許品である旨指導していたとの点、原告がエンドレスキルンの設計、建設を営業上の最重要施策として推進してきたとの点は否認し、その余は認める。同(3)のうち、原告が原告主張のようなトンネルキルンの設計、建設をしていることは認め、その余は否認する。
4 同2の(三)のうち、被告南波が、「それに関連するプラント」の設計、建設等の業務に従事していたことは否認し、その余は認め、同(2)のうち、原告が設計及び建設につき契約を締結したトンネルキルンについて被告南波が右(1)で認めた職務を担当したことを認め、その余は否認する。
5 同2の(四)の(1)、(2)はすべて争う。
被告南波は林国華に対して若干のアドバイスをしたことはあるが、これは当時、原告が海外派遺者に対し、積極的に宣伝活動をするように指示していたことに基づく行為であり、同被告は、業務命令を遂行したにすぎない。また、郡益窯業社のエンドレスキルン施工(別紙違法行為一覧表番号12)は、被告南波が原告に対し退職届を提出した昭和五〇年二月以後の行為(同年六月)であり、また、被告会社の名前を使つて建設機材を輸出した事実はない。右エンドレスキルンは、被告南波が原告に対し、退職届を提出した後に瀬戸市の訴外岩田商会から注文を受けて建設されたものであり、その長さは、一六メートルであり、同被告自ら建設に関与しているため、ことさら詳細な設計図を作る必要もなかつたのである。着工までの期間は、二週間もあれば十分である。
杏南社のエンドレスキルン(別紙違法行為一覧表番号13)については、被告南波が原告を退職後、原告の指示に基づきいて、いつたん入社した訴外株式会社南波鉄工所の売上げに計上されているものである。
6 同2の(五)はすべて争う。
7 同3の(一)のうち、原告が日本国内において、顧客に対しても、競業他社に対しても、エンドレスキルンのすべてが原告の有する特許の範囲に属するものと宣伝し、これを建設してきたことは認め、その余は争う。
8 同3の(二)は認め、同(三)は、原告にとって同キルンの建設が重要な事業であることを被告南波が知つていたことは認め、その余は否認する。同(四)、(五)は争う。
9 同4は否認する。
三 被告らの主張
1 被告南波が原告に対し、被告南波が原告とは無関係に「輸出」等を行つていたことを認めるかの如き報告書(甲第一号証、以下、「本件報告書」という。)を提出した経緯は次のとおりである。
原告が、昭和四四年頃、台湾において、林国華に対し、エンドレスキルンに関し、後記のとおりアドバイスをしたところ、同人がこれを参考にして、各地でエンドレスキルンを建設し始めた。昭和四九年頃、この事実を知つた被告南波は原告に対する道義的責任を痛感して、同年七月、原告に対し、一身上の都合を理由に退職を申し出た。しかし、この時は、原告の下請けである訴外株式会社南波鉄工所を経営している被告南波の兄や上司の説得もあつて、一旦、翻意したが、昭和五〇年二月、原告会社の担当者として被告南波が手がけていたスリランカのエンドレスキルン建設工事が完了したことから、同人は、再び原告に対し、退職願を提出した。この時点においても、原告は、右退職を認めないので、同年三月、被告南波は原告の社長宛に書面を書き、四月二〇日限り退職したい旨願い出、同月二一日以降、出社しなかつた。昭和五〇年八月初め、原告の社長が被告南波に対し、同人が本当のことをいわなければ、前記南波鉄工所にも仕事を出すことはできないし、同人が独立して仕事をするのであれば、あらゆる手段を使つて妨害する旨を告げ、更に、被告南波の兄からも、原告のいいなりになるようにと懇願されるなどしたことから、被告南波は、原告の社長の命ずるままに、台湾やインドネシア等の窯は、自分が関与したものである旨の虚実とりまぜて記載した本件報告書を原告に提出するに至つたものである。
2 台湾、国華窯業社分(違法行為一覧表番号1)について
被告南波は、昭和四四年二月一五日から同年五月一五日までの間、原告から派遣され、台湾の統一窯業社において、エンドレスキルンの建設をした。同年三月頃、当時、三環窯業社の社長であつた林国華が建設現場を見学に訪れた。同人は、台湾陶磁器協同組合の副理事長の地位にあつたため、被告南波は、窯の宣伝をするには好機であると判断し、建設中の窯の性能について宣伝を行つた。その時、林は三環窯業社をやめて別会社を作り、窯を建設したい旨を語り、窯の建設につきアドバイスが欲しいと依頼してきた。被告南波は、現地滞在中に、新規の引合いがあることを前提とし、次のようなアドバイスをした。すなわち、
統一窯業社で建設中のエンドレスキルンは、当時としては最大のものであり、総長三五メートルであつたが、林は五〇メートル以上の窯を作りたいが、どうしたらよいかという質問であつた。被告南波としても三五メートルを超えるエンドレスキルンを建設した経験がないため、断定的なことはいえないと断わりつつ、構造としては、三環窯業社が既に購入しているトンネル窯と同一のものにすればよいだろうということ、駆動装置(モーター及びギヤー等)については、統一窯業社のそれより大きいものが必要となるだろうということを助言した。その際、地面に若干の略図を書いて説明したが、林には図面を交付していない。また、被告南波は、林から技術料、設計料等の金員は一切受領していない。全くの好意に基づく助言であつた。なお、被告南波が林に対し、被告木村、被告会社を紹介した事実はない。
3 台湾、福成窯業社、王冠窯業社、大林窪業社分(違法行為一覧表番号2、3、4)について
福成窯業社は、被告南波が昭和四九年春、台湾を訪れた際に見学したことがあり、他の二社については、同人が、昭和五〇年五月(原告を退職した後)、訪台時に見学したことがあるにすぎない。本件報告書に記載されている輸出先商社名は、被告南波が記載するにあたり、被告木村に窯の材料の輸出先商社を問い合わせて記載したものにすぎず、前記三社と関連があか否かも確認していない。その余の記載はすべて推測によるものである。
4 インドネシア、カソニダ社分(違法行為一覧表番号5)について
カソニダ社はインドネシアの商社名のようであるが、これは被告会社が注文を受けた際に被告木村から耳にしたものであり、林の仕事と関係があるものかどうかは、当時、全く知らなかつた。本件報告書の品名、仕様、数量、窯仕様等すべて推測に基づいて記載したものである。
5 台湾、泰裕窯業社分(違法行為一覧表番号6)について
被告南波は、昭和五〇年五月、郡益窯業社に出張した際に、奉裕窯業社を見学したことがあるにすぎない。本件報告書は、この時の調査をもとにして、品名、数量、窯の仕様を記載したにすぎないのであり、価格は郡益窯業社に輸出したときの価格をもとに算出したものである。その他の記載は推測に基づいたものである。
6 台湾、祥徳陶瓷社分(別紙違法行為一覧表番号7)について
右5とほぼ同様である。
7 「不明」分(別紙違法行為一覧表番号8)について
被告南波は右取引につては一切関与していない。本件報告書の右取引についての記載は、被告南波がすべて推測に基づいて記載したものにすぎない。
8 インドネシア、クラウン社分(別紙違法行為一覧表番号9)について
被告南波は、右取引については一切関与していない。本件報告書は、被告南波が被告木村から右クラウン社に輸出したことを聞いていたため、被告南波が、全部推測に基づいて記載したものである。
9 台湾、漢光陶瓷芸術社分(別紙違法行為一覧表番号10)について
被告南波は、右取引については、一切関与しておらず、見学すらしていない。本件報告書の右取引に関する記載は、被告南波が前記6と同規模であろうと考え、推測に基づいて記載した。
10 韓国、永信磯器工業社分(別紙違法行為一覧表番号11)について
右取引については、前記8と同様である。
11 台湾、郡益窯業社分及び韓国、杏南社分(別紙違法行為一覧表番号1213)について
右各取引についての被告らの主張は、前記二(請求原因に対する被告らの認否)の5に記載のとおりである。本件報告書の右各取引についての記載は、すべて真実である。
12 被告木村及び被告会社の主張は次のとおりである。すなわち、
被告木村は、昭和四四年頃、台湾の新和発企業有限公司の社長である廖登泉から、窯を建設するための材料ということで、チェーン、計測器、バーナー等の注文を受けたことがあつた。同社は、全く未知の輸入業者であり、右注文品も今まで取扱つたことがなかつたため、被告木村は、かねてからの知り合いである訴外小島享(輸出用陶器の製造業者)にどのような品物をどこで調達したらいいのかを教えてほしい旨依頼したところ、同人から被告南波を紹介され、同被告から、品物の調達につき、アドバイスを受けたにすぎない。なお、輸出商品の中に原告の製品は含まれていない。
このように、被告木村は、全く偶然のことから、訴外小島の紹介で輸出商品の調達につき、何回かにわたつて被告南波のアドバイスを受けることになつたが、被告木村及び被告会社の取引先は、すべて前記新和発企業有限公司であり、同社がどこから注文を受け、右輸入商品をどこへ引渡していたかは全く知る由もないところである。
したがつて、被告木村及び被告会社は、単なる商取引として新和発企業有限公司から注文を受けた品物を輸出したにすぎず、原告から、債務不履行ないし不法行為責任を追及されるいわれは全くない。
四 被告らの主張に対する原告の認否
被告の主張はすべて争う。
第三 証拠<省略>
理由
一請求原因1の(一)、(三)の事実は当事者間に争いがなく、被告南波本人尋問の結果によれば、同(二)の事実が認められる。
二請求原因2(被告らの債務不履行)の(一)ないし(三)について検討するに、<証拠>を総合すると次の事実を認めることができる。すなわち、
原告は各種耐火煉瓦等の製造販売及び日本国内外において各種窯業プラント並びに工業窯炉の設計、築炉等を業とする会社であるが、特に窯業用連続焼成炉については特許権(登録日、昭和四三年一〇月一七日、登録番号、第五二九一〇四号、出願日、昭和四〇年五月四日)を有し、また、同焼成炉に設置する台車の形状について意匠権(登録番号、第三三一五三一号)を有するなどし、原告が右特許の実施品と考えている商品名「エンドレスキルン」の設計、建設及びこれに要する機械、器具等の建設機材の販売を重要な営業活動の一つとして行つている。原告は右エンドレスキルンのうち、煙道を炉床の下に設ける窯を「特許キルン」と呼び、炉体側壁に外側に煙道用空洞を設ける窯を「特許応用キルン」と呼んで区別し、そのいずれもが右特許の実施品であるとして、対外的に宣伝し、また、社内においても、そのように社員に教育しており、これらについては、国内のみならず国外(台湾、スリランカ等)からも発注を受け、相当数の納入実績を有している。
被告南波は、昭和二二年四月一〇日、原告と雇用契約を締結してその従業員となり、昭和三五年四月一日以降、原告のプラント部に在籍し、エンドレスキルンを含む、いわゆるトンネルキルンの設計、建設の仕事に従事し、昭和四三年二月一日、同部築炉係長、昭和四四年一二月一日、同部課長代理、昭和四七年四月二日、同部課長を命ぜられ、その職にあつた。被告南波は、原告の命により、プラント部主任当時、昭和三九年一〇月から昭和四〇年二月頃まで、台湾の大裕窯業社(後に、「三環窯業社」と改称した。)に出張し、現地において、トンネルキルンの建設、その技術指導の仕事に従事したのを皮切りとして、プラント部築炉係長当時、昭和四四年二月から同年五月頃まで台湾の統一窯業社へ、昭和四四年一〇月から同年一二月頃まで台湾の金義合窯業社へ出張し、いずれもエンドレスキルンの建設、その技術指導の仕事に従事した。原告は、被告南波が統一窯業社及び金義合窯業社に出張した際には、その都度、同人に対し、工事用図面の処理に関し、工事完了後、不要となつた施行用図面はすべて焼却すること、客先へは別に用意する操業参考図を提出することを指示し、同人は、右指示を了承したうえで、右海外出張をした。
原告は、海外出張をする者に対し、昭和四五年以降、「海外派遣者一般心得」を手渡し、業務上の書類、資料、図面等の保管取扱には十分注意し、複写、又は紛失等により業務上の機密が漏洩しないように注意すること、これらの書類は帰国時すべて持ち帰ることを原則とし、帰国時に点検を受けること、出張先において客先その他関係者などから契約以外の事項(例えば、設計、技術指導、ノウハウの提供その他業務に関する一切の事項)について依頼を受けた場合は、原告の承認なくしてこれを引受けてはならないこと、渡航先の企業からの引き合いがあつても、日本から供給する機器、原材料の価格、原告のノウハウに属する事項については、聞かれても答えてはならず、答える必要がある場合は所管部長の指示を受けることなどの事項を指示する取扱いにした。
原告の就業規則には、昭和三五年以降、従業員の守るべき事項として、原告会社の承認を得ないで原告会社以外の業務に従事し、又は関与しないこと、原告会社の不利益になる事項及び業務上の機密を漏洩しないこと、職務を利用し私利を謀らないことを定めており、被告南波においても、常識的にこれらの点は、原告の社員である以上、当然、守らなければならない事柄であると理解していた。
その後、被告南波は、昭和五〇年三月三一日、原告に対し、同年四月二〇日限り退職する旨の「退職願い」を提出し、その頃以降、出社しなくなつた。
以上の事実が認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。
右認定の事実関係によれば、原告と被告南波との間の雇用契約は、昭和五〇年四月二〇日限り終了したものとみるべきであるが、右雇用契約存続中においては、被告南波は、原告に対し、労務を提供するに当たり、善良なる管理者の注意を用い、誠実にこれを行うべき雇用契約上の義務を負うことは当然のことであるから、原告会社の承認を得ないで原告会社以外の業務に従事したり、原告会社の不利益になる事項及び業務上の機密を漏洩したり、職務を利用して私利を謀つたりなどしてはならない義務を、被告南波は原告に対し負つていたものというべきである。特に被告南波は原告のプラント部に在籍し、原告が前記特許の実施品であると考えている前記エンドレスキルンを含む、いわゆるトンネルキルンの設計建設の仕事に長年従事し、昭和四三年二月一日以降は同部の築炉係長、昭和四四年一二月一日以降は同部課長代理、昭和四七年四月二日以降は同部課長の職にあり、トンネルキルンないしエンドレスキルンの設計、建設に関する業務に精通し、原告会社における右業務に関するノウハウ等の業務上ないし営業上の秘密を知り得る立場にあつたのであり、また、同人が昭和四四年二月に台湾の統一窯業社に、同年一〇月に台湾の金義合窯業社にエンドレスキルン建設のため海外出張するに際しては、その都度、同人に対し、工事用図面の処理に関し、工事完了後、不要となつた施行用図面は焼却するようにとの指示が原告から与えられており、同人はこれを了承したうえで台湾に赴いていた点からすると、被告南波は、遅くとも昭和四四年二月以降、原告に対し、エンドレスキルン建設のため台湾等の海外へ出張するに際しては、設計図面等の管理に万全を期し、エンドレスキルンに関する原告の業務上の秘密が漏洩しないように十分な注意を払うべき義務を負うに至つたものというべきである。
三次に、請求原因2の(四)(被告南波の義務違反行為の有無)について検討するに、<証拠>を総合すると以下の事実を認めることができる。すなわち、
被告南波は、原告の命により、プラント部主任当時、昭和三九年一〇月から昭和四〇年二月頃までの約四か月間、台湾の大裕窯業社(後に、「三環窯業社」と改称した。)に出張し、現地において、トンネルキルン(ガス焼成式)の建設、その技術指導の仕事に従事したが、その間、同社の社長(董事長)であつた林国華(以下、単に「林」という。)の家で、毎日、食事をしたりしたことなどから、同人と懇意な間柄となつた。
被告南波は、昭和四四年二月頃、原告の命により再び訪台し、同国の統一窯業社に出張し、エンドレスキルン(重油焼成式)の建設その技術指導の仕事に従事していたが、同年五月頃、当時、三環窯業社の社長であつた林が試運転中の統一窯業社のエンドレスキルンの見学に訪れた。被告南波は、林に対し、右エンドレスキルンについて種々説明したが、その際、林から被告南波に対し、この度、新たに会社を設立することになり、新規に大型の窯(エンドレスキルン)を建設したいので応援してほしいとの趣旨の依頼があり、被告南波としては、前回の訪台の際、同人の世話になつた関係もあつて、右依頼を断わりきれず、現地において実地にエンドレスキルン建設のための技術指導をするなど直接的な形での応援はできないけれども、その設計をする程度の応援であれば行うことを了承した。当時、原告会社においても、統一窯業社で建設した長さ三五メートルのエンドレスキルンより以上の規模の窯を建設した実績はなかつたのであるが、被告南波は林の求めに応じ、長さ五八メートルのエンドレスキルンを建設するのに必要な設計を行い、右キルンに適合する駆動装置の規模、能力等の技術的な面の指導をも行つた。その後、林は、国華窯業社を設立し、被告南波の右設計、指導を参考にして、右エンドレスキルンを完成し、被告南波は、昭和四四年一〇月、金義合窯業社のエンドレスキルンを建設するため訪台した際に、このことを知り、国華窯業社の右キルンを見学した。林は、右エンドレスキルンの建設を皮切りとして、昭和四六年から昭和四九年にかけて、台湾において、福成窯業社、王冠窯業社、大林窯業社、泰裕窯業社、祥徳陶瓷社、漢光陶瓷芸術社等の求めに応じて、次々と右エンドレスキルンを建設し、更に、インドネシアにおいても、カソニダ社、クラウン社の求めに応じ、エンドレスキルンを建設するに至つた。被告南波は、林に対し、右各エンドレスキルン建設のため、現地において長期にわたつて技術指導するなどの直接的な援助は行わなかつたが、昭和四七年一一月以降、短期間の休暇等を利用して現地に赴き指導、助言をするなどし、また、林に対し、陶磁器製品等の輸出を業としている被告会社及びその経営者である被告木村を紹介し、右各エンドレスキルン建設のため必要な機材(チェーン、計器類等)を台湾の商社である新和発企業社を介して被告会社に発注させ、被告南波において、右機材についての専門的な知識の乏しい被告木村に対し、その調達先について、指導、助言し、右機材の輸出を可能ならしめた。その際、被告会社は、右機材の仕入価格(実行価格)に相当な額の利益を上乗せして輸出価格としたが、被告南波に対しては、右仕入価格の一〇パーセントないし一五パーセントに当たる金額を紹介料ないしアドバイス料として支払つた。
前記のように、林が台湾において、次々とエンドレスキルンを建設し、遂には、インドネシアにまで進出して、右キルンの建設を手広く行うようになつたことから、被告南波は、自責の念にかられるとともに、近い将来、同人が林の右キルン建設に関与していることが露顕し、原告会社の知るところとなるものと考え、社内において窺地に立たされるような事態に陥いる前に原告会社を退職しようと決意し、昭和四九年七月末頃、原告会社のプラント部長に、健康上の理由等から同年九月三〇日限り退職したい旨を申し出たが同部長に慰留された結果、一旦、右申し出を撤回した。その後、被告南波は、昭和五〇年三月三一日、原告に対し、同年四月二〇日限り退職する旨の退職願いを提出し、その頃以降、出社しなくなつた。
原告会社の代表者は、昭和五〇年六月、台湾を訪れた際、当時三環窯業社の社長であつた曽金火から、被告南波が郡益窯業社のエンドレスキルン建設の仕事に従事していることを聞き、また、昭和五〇年七月には、被告南波から、同人が原告会社を辞めなければならなくなつた経緯、林に対してエンドレスキルン建設のための助言、協力をしたことが重大な結果をもたらしたこと、今後は、兄の経営する南波鉄工所に入つて仕事をしたい旨の希望を述べた原告会社代表者宛の手紙(甲第七号証の一、二、甲第九号証の一、二)を受け取つたりしたことから、原告会社の代表者としても、事の真相を明らかにした上で、被告南波の身の立つような方向で事態を収拾すべく、被告南波の兄である南波松平も交えて、被告南波との間で、同人の身の振り方について協議を重ねた結果、昭和五〇年八月下旬頃、原告会社の下請であり、被告南波の兄松平が経営している南波鉄工所を法人化して株式会社組織とし、右会社と原告との間で、業務提携し、協力関係を維持した上で、被告南波が右会社の役員として参加する方向で合意に達し、被告南波は、原告会社代表者の求めに応じ、同年九月九日付で被告南波が関与し、林が建設したエンドレスキルンの一覧表等を提出し、更に詳細な内容の同年九月二四日付の報告書(甲第一号証、本件報告書)を原告に提出した。右合意の方向に沿つて、昭和五〇年九月下旬、右会社の定款が作成され、株式会社南波鉄工所が成立し、被告南波も、右会社の取締役とすり、同年一〇月下旬、杏南社のエンドレスキルン建設のため韓国へ出張した。同年一二月下旬、被告南波は韓国から帰国し、株式会社南波鉄工所が原告と五年間にわたる業務提携契約(同年一〇月一日付)を締結したことを知り、また、原告から、同人が原告会社在職中になした背任行為に対し原告会社が措つた寛大な処置について感謝し、今後はその身柄を株式会社南波鉄工所に預け、原告会社に対する賠償責任を果たすべく努力し、原告会社に無断で右会社を退職したり、単独行動をとり私利を謀るなどの行為をしないことを誓約する旨の念書を提出するよう求められたことから、被告南波は、右念書の内容が同人を犯罪者扱いするものであり、右業務提携契約と併せて、同人の行動の自由を不当に束縛するものであるとして憤慨し、右念書を提出することを拒否して、右会社を辞め、翌年(昭和五一年)二月上旬、ナンバ株式会社を設立し、独自の営業活動を開始するに至つた。
なお、被告南波は、昭和五〇年三月三一日、原告会社に退職願いを提出した後、同年六月、岩田商会を介して受注した台湾の群益窯業社のエンドレスキルン建設の仕事に従事し、同年一〇月には、韓国の杏南社から受注したエンドレスキルンの仕事に従事し、いずれも完成させた。この杏南社のエンドレスキルン建設については、同年八月下旬に、前記のとおり、被告南波が南波鉄工所に就職し、原告と協力して仕事を進める旨の話合いがまとまつていたので、株式会社南波鉄工所の仕事とされ、右キルン建設に関する売上げは同社の売上げに計上され、同社から原告会社に対し、パテント料として金八〇万円が支払われた。
以上の事実が認められ、被告南波、同木村各本人尋問の結果中、右認定に牴触する部分は採用し難い。
前記認定の事実関係によれば、被告南波は、昭和四四年五月頃、前回の訪台の際に世話になつた林の依頼を断わりきれず、同人の求めに応じて長さ五八メートルのエンドレスキルンを建設するのに必要な設計を行い、右キルンに適合する駆動装置の規模、能力等の技術的な面の指導をも行い、その後、林が、台湾、インドネシアにおいて、次々とエンドレスキルンを建設するに当たつては、短期間の休暇等を利用して現地に赴き指導、助言をするなどし、また、被告会社を林に紹介して、右キルン建設のために必要な機材の調達、輸出に協力し、被告会社から右機材の仕入価格の一〇パーセントないし一五パーセントに当たる金額を紹介料ないしアドバイス料を受け取るなどしたのであるが、被告南波がした右各行為は、前記二で認定した、同人が原告に対して負担していた義務に違反したものというべきである。
この点に関し、被告南波は、同人が 昭和四四年に統一窯業社のエンドレスキルン建設のため出張した際、林に対してしたのは、建設中のエンドレスキルンの性能についての原告会社のための宣伝、広告的な説明にすぎないものであり、エンドレスキルン建設のためにしたアドバイスの内容も、長さ五〇メートル以上のエンドレスキルンを建設するためには、炉本体の構造は、三環窯業社が既に設置しているトンネルキルンをそのまま利用し、駆動装置については統一窯業社のそれよりも大きいものにすればよいという程度のものであり、地面に若干の略図を書いて説明したが図面は交付していない旨、また、原告に提出した本件報告書は、原告会社の代表者の命ずるままに虚実とりまぜて記載したものであり、真ぴよう性に乏しいものである旨主張し、供述する。しかしながら、<証拠>によれば、被告南波が林と接触を持つた昭和四四年五月当時、台湾において建設されたエンドレスキルンとしては、当時建設中であつた統一窯業社のものが第二基目(第一基目も原告が建設した。)であり、右キルンが高温炉としては最初のものであつたことが認められることからすると、原告が右キルン建設のために用いた技術的知識は、当時の台湾における企業にとつて新規なものであり、これなくしては、台湾の企業が独自にエンドレスキルンを建設することは極めて困難な状況にあつたことが推認し得るのである。しかるに、前記認定のとおり、林は、被告南波と接触を持つた昭和四四年五月以降、台湾において、次々とエンドレスキルンを建設するようになつたのであり、このことは、他に特段の事情のない限り、被告南波が林に対し、原告のエンドレスキルンに関する技術的知識を、相当詳細に供与したことを窺わせるものである。また、前記認定のとおり、大裕窯業社(三環窯業社)が設置していた窯は、ガス焼成式のトンネルキルンであり、統一窯業社のものは、重油焼成式のエンドレスキルンであつて、両者は、キルンの構造において相違があるのであり(被告南波の自認するところである。)、右トンネルキルンの炉本体をそのまま利用し、これに統一窯業社のキルンで用いられた駆動装置を参考とし、これより規模の大きいものを組み合わせればよいといつた程度の助言や、地面に若干の略図を書いた程度の説明で、当時の台湾における技術水準からして、林が独自に、原告会社でさえも築炉の経験のない、長さ五八メートルものエンドレスキルンを建設し得たものとは思われないのであり、現に、被告南波本人も、新規に注文に応じてキルンを作るには略図程度では不十分であり、設計図面の存在が不可欠である趣旨の供述をしているところである。更に、前記認定のとおり、被告南波は昭和四七年一一月以降、原告会社の短期間の休暇等を利用して、多数回にわたり、台湾、インドネシアへ旅行しているが(前掲甲第二〇号証の一、二)、その旅行目的等について、被告南波は納得のいく説明をしていないこと、前掲甲第七号証の一、二(被告南波が原告会社の代表者に宛て送付した昭和五〇年六月二八日付の手紙)には、被告南波が林の依頼を断わりきれず、林に対し、設計をすることを承諾し、長さ五八メートルの大型のエンドレスキルンを開発したことを告白する趣旨の記載があること、昭和五〇年六月、当時、三環窯業社の社長であつた曽金火に対し、被告南波が、林に利用された形となり、管理職の一員として、原告会社に対し申訳けのないことをしたので原告会社を辞めることにした旨を告げていること(前掲甲第八号証の一、二)、原告会社宛に、被告南波が自ら関与し、林が建設したエンドレスキルンの一覧表等(前掲甲第九、第二三号証)を提出し、更に、詳細な内容の本件報告書(前掲甲第一号証)を提出していること、加えるに、前記認定のとおり、被告南波が林に対し、被告会社を紹介し、林は、台湾の新和発企業社を介して被告会社にエンドレスキルン建設のために必要な機材を発注して、これを調達し、被告南波は、被告会社からアドバイス料を受け取つていること、また、同人は、原告会社退職後、間もなく、台湾、韓国の企業から相次いでエンドレスキルン建設の仕事を受注し、これを完成させていることなどの諸点に照らすと、当時、被告南波が林に対してした説明、助言が、被告南波の主張するような原告会社のエンドレスキルンの性能についての宣伝的な説明に止まつたものとは、到底、信用し難いものというべく、むしろ、それを基にして、林が、新規にエンドレスキルンを建設し得る程度に詳細な設計図面等の交付があつたものとみるのが相当である。
また、被告南波は、本件報告書(甲第一号証)は、原告会社の代表者や、被告南波の兄南波松平のしつような要請に応じて不本意ながら書いたもので、その内容は殆ど虚偽のものである旨供述するが、前記認定のとおり、本件報告書が作成された昭和五〇年九月二四日当時の状況は、被告南波が会社組織になつた株式会社南波鉄工所に役員として参加し、原告と協力関係を維持した上で仕事に当たるとの内容の合意が、原告会社代表者、被告南波及びその兄松平との間で成立し、右合意の内容が着々と実現されつつあつた時期であり、被告南波においても、本件報告書作成の前後において、右合意が成立したことについて、原告会社代表者に感謝し、今後は、右会社のために誠心誠意働らき、右会社を通じて原告会社の発展に寄与したい旨の手紙(前掲甲第二六、二七号証の各一、二)を原告会社の代表者宛に送付していることに照らしても、原告会社代表者が、被告南波に対し、報告書の提出を強要し、これがなければ、右合意がご破算になるといつた切迫した状況の下で本件報告書が作成されたものとは認められず、その殆どが虚偽の内容であるとも認め難い。
更に、被告南波は、同人が福成窯業社、大林窯業社、祥徳陶瓷社、皇冠窯業社の各窯の建設とは無関係である旨の右各社代表者名義の証明書(乙第二八ないし第三〇号証)の存在をもつて、その主張の根拠とするが、右各証明書の記載内容を検討すると、祥徳陶瓷社及び福成窯業社に関する各証明書(乙第二八、二九号証)の記載内容は、右両社の窯は林国華が設計、建設したもので、被告南波は無関係であるというものであるが、現地台湾において、施主である右両社と、直接の交渉があつたのは林であつて、被告南波が現地において、直接的な技術指導をしたわけではないから、林と被告南波との内部的な関係、林がエンドレスキルンを建設し得るようになつた経緯につき必ずしも審らかではない現地の施主において、右記載のような認識をもつていたとしても、そのことが直ちに前記認定の妨げとなるわけではない。また、皇冠窯業社に関する証明書(乙第三一号証)の記載についても、エンドレスキルン建設の指導、監督をしたのは黄木聲であるというのであるが、前掲甲第一〇号証の一によれば、同人は林の下で働いていた者であることが窺えるのであるから前記各証明書と同様のものと解し得る。次に、大林窯業社に関する証明書の記載についてみると、同社のエンドレスキルンは同社の社長が自ら設計、施行したものであるというのであるが、当時の台湾における技術水準からして、右のようなことが可能であつたとは信用し難い面がある。結局、右各証明書は、前記認定を覆すに足りるものではないといわざるを得ない。
したがつて、被告南波の右主張は採用し難く、被告南波が原告の了解を得ないでした前記各行為は、同人が原告に対して負担していた雇用契約上の義務に違反したものと認めるのが相当である。
四請求原因2の(五)(被告木村及び被告会社の帰責事由)について検討するに、原告は、被告木村及び被告会社に対しても、債務不履行による損害賠償を請求しているが、右各被告と原告との間には何らの契約関係がないことは、原告の自認するところであり、このような者に対し、債務不履行による損害賠償を求めることができないことは明らかであるから、原告の右主張は主張自体失当である。原告は、被告木村及び被告会社が、被告南波と共謀して、同人の原告に対する債務不履行に協力し、これに加功したような場合には、民法七一九条を類推適用すべきである旨主張するが、仮に同条を類推適用したとしても、原告との間で契約関係の存しない被告木村及び被告会社が、これにより原告に対する債務不履行責任を負担することにはならないから、原告の右主張も採用できない。
してみると、原告の右主張が理由のないことは明らかであり、右の点は、被告木村及び被告会社に対する不法行為責任(債権侵害、営業権侵害)の存否として判断されるべき事柄である。
五請求原因3(被告らの不法行為)について検討するに、まず、前記三で認定した被告南波の義務違反行為が、原告の営業上の利益を違法に侵害した不法行為に該当することは明らかである。次に、被告木村及び被告会社の不法行為責任の存否についてみるに、被告木村又次郎本人尋問の結果によれば、台湾の商社である新和発企業有限公司から、昭和四四、四五年頃以降、被告会社に対し、チェーン、計器類等の築炉用機材の引合いがあり、被告木村は、それ以前に右機材を輸出したことがなく、その調達に不慣れであつたため、被告南波から右機材の調達先、調達方法についてアドバイスを受け、右機材を台湾へ向け輸出するようになつたこと、被告会社は、その後、多数回にわたり台湾へ築炉用機材を輸出したが、インドネシアに向けても、二回程度、右機材を輸出したことがあることが認められ、また、前掲甲第一号証、同第一九号証と被告木村本人尋問の結果により成立を認め得る丙第二ないし第四号証とを比較対照すると、被告会社が新和発企業有限公司から受注して輸出した築炉用機材の内容(種類、数量)は、被告南波が原告会社に対して提出した本件報告書の記載内容と一致する部分があること(丙第二号証の送り状に記載された輸出品目は、甲第一号証、同第一九号証の泰裕窯業社(別紙違法行為一覧表番号6)に対する輸出明細と一致する。なお、数量は、甲第一号証の数値が丙第二号証のそれの丁度二倍であるが、これは甲第一九号証によれば、同社に対する輸出は二基分であつたことが認められるのであり、丙第二号証は、そのうちの一基分についての送り状であるものと推認し得る。また、丙第三号証の送り状に記載された輸出品目及び数量は、甲第一号証、同第一九号証の台湾、使用先不明(別紙違法行為一覧表番号8)に対する輸出明細とほぼ一致する。更に、丙第四号証の送り状に記載された輸出品目及び数量は、甲第一号証、同第一九号証の漢光陶瓷芸術社(別紙違法行為一覧表番号10)に対する輸出明細と一致する。)を考え併せると、新和発企業有限公司から被告会社に対してなされた右築炉用機材の発注は、林がエンドレスキルン建設に必要な機材を調達するために右有限公司を介してなしたものとみるのが相当である。また、前掲甲第一号証には、被告南波が林に対し被告会社を紹介した旨の記載があること、前記のとおり、被告木村は、それ以前に築炉用機材を輸出した実績がなく、また、その調達に不慣れであつたことなどを併せると、右機材の発注に関しては、被告南波が林に対し、被告会社及び被告木村を紹介し、これに対し、右有限公司を介して右発注を行うこととし、被告南波が、右機材に関する専門的知識の乏しい被告木村及び被告会社に対し、その調達先、調達方法についてアドバイスをしたものと認めるのが相当である。しかしながら、その際、被告会社及び被告木村において、被告南波が原告会社の社員であることの認識は有していたとしても、被告南波がした右紹介、アドバイスが同被告の原告に対する雇用契約上の義務に違反した違法行為であることを認識したうえで、これに加功し、右輸出をなしたことを認めるに足りる証拠はない。すなわち、被告会社及び被告木村が、被告南波と林との間の前記認定のような関係、林が右築炉用機材を必要とするに至つた経緯、右機材によつて建設される窯の種類、内容及びこれと原告会社がプラント輸出しているエンドレスキルンとの異同、被告南波の原告会社における立場等の諸点について、被告南波と同様な認識を持つて、同被告と共同して、前記輸出をしたものとは認め難い。被告会社及び被告木村は被告南波から新規の取引先の紹介を受け、輸出商品(築炉用機材)の調達に関しアドバイスを受けたのであるが、その際、被告南波から、右のような諸事情について説明を受けるなどしたことを認めるに足りる証拠はなく、むしろ、被告木村本人尋問の結果によれば、同被告及び被告会社としては、通常の輸出取引の一環として、右輸出業務を処理したことが窺えるのであつて、原告会社に対する違法行為に加担しているとの認識は存しなかつたとみるのが相当である。
してみると、原告の被告木村及び被告会社に対する請求はその理由がない。
六次に、請求原因4(損害)について検討する。
原告は、別紙違法行為一覧表の番号1ないし4、6ないし8、10、12記載の被告南波の行為により台湾において合計一一基のエンドレスキルンが築炉されているが、同被告の行為がなければ、同キルンは原告に発注され、少なくとも、そのうち六基は成約に至つたはずであり、また、別紙違法行為一覧表の番号5、9記載の被告南波の行為によりインドネシアにおいて合計五基のエンドレスキルン等が築炉されているが、同被告の行為がなければ同キルン等は原告に発注され、少なくとも、そのうちの三基は成約できたはずであるとし、これを前提として、右の成約できたはずの築炉基数に一基当たりの利益額を乗じた金額を、被告南波の違法行為により原告が被つた損害額である旨主張する。しかしながら、まず、別紙違法行為一覧表の番号12(郡益窯業社)、同13(杏南社)に関する被告南波の行為は、同被告が原告会社を退職した後になされたものであり、同被告が在職中に右各取引を受注していたことを認めるに足りる証拠はないうえ、前記認定のとおり、杏南社のエンドレスキルン建設については、原告も了解のうえで株式会社南波鉄工所の仕事とされ、右キルン建設に関する売上げは同社の売上げに計上され、同社から原告に対しパテント料として金八〇万円が支払われていることから、これら二つの取引に関する被告南波の行為は、違法行為とはいえず、これらは違法行為の中から除外するのが相当である。また、別紙違法行為一覧表記載のその余の取引についてみても、右はいずれも海外(台湾、インドネシア)との取引であつて、従前、原告と同表記載の各取引先との間で、取引があつたわけではないこと、また、原告はエンドレスキルン(循環式の窯業用連続焼成炉)の全構成が原告が有する特許権(甲第二号証の一、二、以下、「本件特許」という。)の権利範囲に属するものであるかの如き主張をするけれども、甲第二号証の二及び証人馬場信之の証言によれば、移動炉床方式による連続焼成炉(特公昭三八―五一三四号)や炉内にレールを敷設し、炉床盤を台車上に一体的に構設して炉内を定時的に移動せしめる陶磁器焼成用倒焔式角窯(実公昭四〇―一一七七号)、更には、炉床面に溝を設けてこの溝内を多数の移送素子が通過できるようにした連続焼成炉(実公昭四一―二八四九号)などの技術は、本件特許の出願当時、既に公知の技術であつたこと、本件特許は、このような公知の炉ないし窯に生じている炉床面の熱損失を合理的かつ有効に改良できるようにするため、炉床面長手方向に幅狭く切り抜いた一連の溝を構成し、この溝によつて左右に区画される炉床の構造を、それぞれ内部を空胴とし空胴内に炉内の余熱を通ぜしめた温床に構成したこと、また、移動装置による被焼成物載置座(台車など)の水平自動循環走行を安全かつ有効に可能ならしめるように、炉床の溝にそつて炉幅の中心線に対して偏心せしめたチエンコンベヤ装置若しくは台車装置などの移動装置を構設するようにしたことなどの点に新規性を有するものであつて、出願当時、既に公知であつた窯業用連続焼成炉の構成の部分的な改良に関する特許であることが認められ、現に、原告のエンドレスキルンと同種の循環式の窯業用連続焼成炉は、大和工業株式会社、有限会社小嶋鉄工所、高砂工業株式会社等においても、これを開発し、昭和四〇年頃以降、国内はもちろん、台湾等に対しても右キルンの宣伝、販売活動を行つており、昭和四五年九月頃、当初、原告会社に引合いのあつた台湾の奇龍窯工廠社からのエンドレスキルン建設に関する注文も、結局は、高砂工業株式会社が受注し、原告は受注できなかつたりしたこと、昭和四一年頃以降、日本の技術者(楠田三夫)が台湾に常駐し、トンネルキルンの設計、指導に当たつたりしており、また、昭和四四年当時、エンドレスキルン建設に必要な機材の殆どが台湾製で間に合うような状態であり、築炉用機材の輸出による利益は、今後はあまり期待できず、台湾の業者による自主開発の動きがあることや、日本の前記各業者の売り込み等もあつて、右時点以降、原告が台湾においてエンドレスキルン建設の仕事を受注するのには相当の困難があつたこと(以上の事実は、<証拠>によりこれを認めることができる。)、違法行為一覧表記載の各取引先から原告に対し、エンドレスキルン建設についての具体的な引合いがあつたわけではないことなどの諸点に鑑みると、被告南波の前記三で認定した義務違反行為ないし違法行為がなかつたならば、原告会社において、別紙違法行為一覧表記載の各キルンの建設の仕事の全部又は一部を受注し得たものとは直ちに認め難く、本件全証拠によるも、右因果関係を認めるに足りない(被告南波の前記認定の義務違反行為は、同被告の雇用契約上の解雇その他身分上の懲戒事由となるかどうかはともかくとして、右義務違反行為が原告の有する本件特許権を侵害するものであるか否かは、本件証拠上、明らかではなく、むしろ被告南波が漏洩した技術の殆どは、当時の我国における公知技術に属するものであることが窺え、我国の同業他社においても、当時、これを用いて原告のエンドレスキルンと同種の循環式の窯業用連続焼成炉を開発し、その宣伝、販売活動を行つていたことなどから、右義務違反行為と原告主張の財産上の損害との間の因果関係を肯認し得ないのである。)。また、被告南波の義務違反行為ないし右違法行為により原告の被つた損害額を確定するに足りる証拠はなく、右損害額は、結局、本件証拠上、不明であるといわざるを得ない。
七以上の次第であつて、原告の被告らに対する本訴請求はいずれも理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用し、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官加藤義則 裁判官高橋利文 裁判官綿引穣は転補のため署名押印することができない。裁判長裁判官加藤義則)
別紙違法行為一覧表<省略>